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- 深田郷(中世)とは
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深田郷(中世) 鎌倉期に見える郷名水内【みのち】郡のうち弘長3年3月17日の北条時頼置文案に「彼不断経用途者,水田六町,在当国水内郡深田郷内,是則不断経衆之免田也」と見え,北条寺頼が当郷の田12町を買得し,善光寺に寄進し,6町を金堂不断経衆の免田,6町を金堂不断念仏衆の免田としたそれぞれ12人ずつ計24人の僧に善光寺金堂で不断経・不断念仏を唱えさせ,時頼が来世の知遇にあおうとしたのである(吾妻鏡/信史4)比定地については,「金堂の北,今なお十二院河原の名を存す,これその遺跡なり,深田郷は箱清水村の内にあり」(善光寺史略)とされ,他に異説はない大正4年東之門町神明下の芸妓居住地域を箱清水に変更,翌年7月集団移転完了して深田町と命名して花柳街となった現在は商店街となっている |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」